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新米獣医師の君へ [番外編]



 当時、勤務医だった獣医師である旦那と結婚したのは、もうどれだけ前だったのだろう。
 その後、地方で開業し、子供が生まれ、わたしはVTとしてトリマーとしてさらに嫁としてずっと旦那を支えてきた。
 まぁ、そんなこんなで歳を重ね、気付けば子供も大きくなっていた。
 そんな娘が、突然『獣医師になる』と言った時には、少々驚いたものだったけど、無事に大学にも合格し、そして6年もあっという間に過ぎ、今年から新米獣医師として都市部の動物病院で働きはじめた。


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 動物病院の春の慌ただしさが一段落した頃、娘が大切そうにカバンを抱えて突然帰ってきた。
 「どーしたの?病院で何かあったの?」
 心配するわたしの言葉に答えることなく、娘は抱えていたカバンをゆっくりと開けた。
 すると、待ってましたとばかりに頭を出したのは。まだ小さな子ネコだった。
 「捨てネコもらったんだけどさ、仕事忙しくって世話出来ないから、もう少し大きくなるまでここで面倒見て」
 そう言いながら、娘はカバンをよじ上ろうとしている子ネコを抱き上げた。
 「あんたねぇ、仮にも獣医師なんだから、自分で面倒も見れないのに動物なんでもらうんじゃないのよ」
 と、言いつつもシャムの混ざった子ネコは、わたし好みだった。
 「すぐに戻んなきゃいけないから、お願いね。また連絡する」
 抱いていたネコを無理矢理わたしの押し付けると、娘は慌ただしく帰って行った。
 
 「もう、なに考えてんだか...」
 無責任な娘の行動に表向きは腹を立てつつも、久しぶりの子ネコに、内心ちょっとうきうきした。
 それは旦那も一緒だったようで、すぐに引き取りにくるかもしれないのに、この子専用に大きなケージを買って来て組み立てるという力の入れよう。(笑
 そうだ、名前決めなきゃ。
 オスだから、イケメン風の名前がいいかなぁ。
 にやけながら妄想にふけっていると、ふと娘の顔が浮かんだ。
 そうか、みさえにとってこの子は初めて自分で飼うネコなんだ。
 よし、決めた。ちょっとした親心を込めて...。
 初太郎と書いて、うい太郎。

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 こうして、うい太郎は、初め様子を伺っていた先住ネコともすぐに仲良くなり、すくすくと育っていった。
 不思議と旦那もちゃんと世話をしてくれて、とぎれとぎれだった夫婦の会話もいつの間にか増えたりした。
 

 そして数週間が過ぎた頃、1回目のワクチン。
 もう、ひとりでお留守番も出来るだろうから、そろそろ帰る日を決めなきゃね。

 次の日、なんだかうい太郎の様子がおかしい。
 元気がなく、フードも全く食べない。
 まぁ、ワクチンの副作用で一時的なものでしょ、なんて旦那もわたしも軽く考えていたけど、さらに次の日になってもまた次の日になっても発熱がつづく。
 日に日にぐったりとしてゆくうい太郎に、少し前に亡くしたまるの姿が重なった。
 「だめ!みさえにとっての初めてのネコを死なせてはダメ!」
 娘のところで亡くなるのなら、それもまた勉強だろう。でも、もしもうちで亡くなってしまったら、何の意味もないではないか。娘には、この子を通じてもっと苦労を味わってもらわなければいけないのだ。
 「絶対に治して!」
 鬼気迫るわたしの態度に驚いたのか、旦那はいつになく真剣に治療にあたった。(笑

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 それから数日後、うい太郎の体調はすっかり元に戻った。
 さぁ、お別れの日を決めなきゃね。
 でも、なかなかそれは決まらなかった。
 「忙しくって、迎えに行けない」
 時々かかってくるそんな娘の電話に、口では文句を言いつつもその度にホッとするのだった。
 その間にも、うい太郎はどんどん成長してゆく。
 わたしたちとの思い出も増えてゆく。

 そしてついに、その日が決まった。
 その夜、旦那に日にちを告げると、旦那は大きくため息をついた。
 ああ、背中が泣いてるよ。


 娘よ。
 うい太郎と暮らすことによって、世話をする飼い主さんの苦労を学びなさい。
 病気になったときの、飼い主さんの不安を学びなさい。
 いつか、うい太郎を見送るときの悲しさを学びなさい。
 そして、その間に感じた癒しとたくさんの思い出を忘れないようにしなさい。
 獣医師は、動物を治すと当時に動物からたくさんのことを教わるのだから。

 
 うい太郎が帰ったあとのそのままになっているケージは、わたしと旦那の心の中のようだった。

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